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札幌高等裁判所函館支部 昭和26年(う)158号 判決 1951年2月05日

控訴人 被告人 宮路産業株式会社

弁護人 熊谷恒夫 外一名

検察官 古谷菊次関与

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告宮路産業株式会社並びに被告人吉川清弁護人熊谷恒夫、被告人横山惠一弁護人高岡次郎の控訴趣意は別紙各控訴趣意書記載の通りで、之に対する判断は次の通りである。

第一、被告宮路産業株式会社弁護人熊谷垣夫控訴趣意第一点、本件被告事件は必要弁護の事件であるに拘らず原裁判所は被告会社に弁護人なき侭開廷したから訴訟手続上法令の違反がある。との論旨について。

記録を精査すると、なるほど原裁判所は本件を審理するに当り、昭和二十四年八月九日の第一回公判期日から昭和二十五年二月二日の第十一回公判期日に至るまでは、被告会社に弁護人の選任なくして開廷したことを認めることが出来る。

よつて、該訴訟手続が所論の法令違反となるか、どうかについて考えると、本件起訴状並びに起訴状訂正申立書の記載によれば、被告会社の使用人である被告人会社函館支店長横山惠一が法定の除外事由がないのに被告会社の業務に関し、被告会社大阪支店長山田盛雄等と共謀の上営利の目的で、昭和二十三年六月二日頃和歌山県野上地区十三箇町村連合会(連合農業会の誤記)に対し、一等検ほつけ粕二十四貫入八十俵を、統制額六万五千八百八十八円を五十六万二千百十二円超過する代金六十二万八千円で販売したという事実に対し被告会社の処罰を求めていることが明らかであるから、被告会社は物価統制令第四十条に該当するものとして起訴せられたことは明白である。ところで右物価統制令第四十条には「法人ノ代表者又ハ法人若ハ人ノ代理人、使用人其ノ他ノ従業者ガ其ノ法人又ハ人ノ業務ニ関シ第三十三条乃至第三十五条第三十七条第一號乃至第三号第三十七条ノ二又ハ前条ノ違反行為ヲ為シタルトキハ行為者ヲ罰スルノ外其ノ法人又ハ人ニ対シ各本条ノ罰金刑ヲ科ス」と規定せられていて、この規定は使用人等の行為に対し、本人(法人又は人)を処罰することを定むると同時に、之に対する刑罰を定めたものであるから、この場合に於ける法定刑は右各本条の罰金刑に限られているものといわねばならぬ。従つて、被告会社に対する本件被告事件は、刑事訴訟法第二百九十八条第一項に規定する必要弁護の事件に該当しないことが明らかである。されば、原裁判所が前叙の如く被告会社の弁護人なくして開廷したからとて、その訴訟手続が右刑事訴訟法の規定に違反するものではない。論旨は理由がない。

第二、被告人横山惠一弁護人高岡次郎控訴趣意第一点(イ)、原判決は、本件ほつけ粕の販売価額につき、事実の誤認がある。との所論について。

記録中、原判決が証拠として引用した被告人横山惠一作成の違反取引一覧表(記録、第百四十四丁)の記載に、同被告人の函館市警察署長宛申告書の記載並びに検察事務官に対する第四回供述調書の供述記載を綜合すると、原判決認定の販売価額には、所論の運賃諸懸りが算入されていないことが明らかであるから、原判決に所論の事実誤認はなく論旨はなく論旨は理由がない。

第三、同第一点(ロ)原判決は本件ほつけ粕の買受人につき、事実の誤認がある。との所論について。

控訴趣意書に援用する司法警察員の内田孝、星野信隆に対する各聴取書の供述記載、平井四郎作成に係る顛末書の記載原審第十一回公判調書中被告人横山惠一の供述記載を綜合すると、本件ほつけ粕は、右内田及び星野の仲介により、被告会社大阪支店に於て和歌山県野上谷十三箇町村連合農業会の註文を受け、被告会社函館支店と連絡の上右函館支店から右連合農業会宛発送し、同時にその旨電報を以て右連合農業会に通知したことが認められる。ところで、売買は売主と買主との意思の合致によつて成立することはいうまでもないから、右の事実関係に於て、被告会社函館支店がほつけ粕を発送し、その旨電報で通知したことによつて、本件ほつけ粕の売買は被告会社と右連合農業会間に於て成立したものというべきで、仮令所論の如く、被告会社大阪支店が右ほつけ粕を右連合農業会に到達する前に、第三者たる和歌山肥料協会に売渡したとしても、債務不履行等の問題は別論として被告会社と右連合農業会との間に於ける売買契約の成否に毫も影響を及ぼすものではない。従つて、右連合農業会に対し、本件ほつけ粕を売渡したものと認むる原判決は正当で、この点につき所論の事実誤認はない。論旨も亦理由がない。

第四、被告人吉川清弁護人熊谷垣夫控訴趣意第一点、原審第一回公判期日に於ける訴訟手続に法令の違反がある。との所論について。

原審第一回公判調書の記載を閲すると、控訴趣意書摘録の問答が相被告人横山惠一の弁護人高岡次郎と被告人吉川清との間に為された旨記載されていることは所論の通りであるが、該公判調書中被告人横山惠一の弁解並びに右問答の内容を検討すると、該公判調書に「高岡弁護人は判事に告げ被告人吉川に対し、」とあるは「高岡弁護人は判事に告げ被告人横山に対し」の誤記であることを容易に看取することが出来る。公判調書に於ける斯る明白な誤記を捉えて、訴訟手続に法令の違反ありと為すことは出来ない。論旨は理由がない。

第五、同第二点、被告人吉川は当時旅行不在中で本件に関係がなく、原判決はこの点につき事実の誤認がある。との所論について。

原審第十四回及び第十七回各公判調書の記載によると、原審弁護人熊谷垣夫と証人田中憲治、同荒沢英二との間に各所論の問答の為されたことを認むることが出来るけれども、他面、被告人提出の顛末書には、被告人が宮路産業株式会社北海道支店から、魚粕の製造を依頼され、引揚者更生の一端として、自分で資金の不足分を出して製造させた旨記載されており又原審第一回公判調書には、被告人の弁解として、「ほつけ粕八十俵を横山から頼まれて仲介の労を取つただけであり、又引揚者の組合に対し加工をやはり横山から頼まれ、同組合にやつただけであり、その後のことは判りません。」原審第十七回公判調書には、被告人の供述として「私はこの事については何も知つて居りません。皆田中專務がやつたのであります」と各記載されているだけで、被告人自身は旅行不在中であつたとは述べて居らず、所論の証人との問答を除いては、被告人吉川が当時旅行不在中であつたことを認むるに足る証拠はない。従つて、原裁判所が右証人等の供述を採用しなかつた事情が窺われるばかりでなく、原判決引用の横山惠一の検察事務官に対する第四回供述調書には、「私は函館に帰つて来て、同年(昭和二十三年)四月末頃吉川清とは、同じ事務所の関係で、先程申上げた船場町十三番地宮路産業株式会社事務所で吉川清にほつけ粕二十四貫入一俵を七千五百円で八十俵、引渡時期は製造終了次第という事で、加工して貫うことに致しました。」との供述記載があり、尚同人の検察事務官に対する第三回供述調書には「ほつけ粕八十俵は、当時吉川清に頼んで、大体計算して貰い二十四貫入一俵を七千五百円の割合で製造加工を請負つて貰い、私は加工した粕を受取つたのです。」との供述記載があつて、被告人が相被告人横山惠一から本件ほつけ粕の加工の依頼を受け、製品を右横山に引渡したことを認むるに十分であるから、原判決に所論の事実誤認はない論旨亦理由がない。

第六、被告宮路産業株式会社弁護人熊谷垣夫、被告人横山惠一弁護人高岡次郎各控訴趣意第二点、量刑不当の主張について。

記録を精査し本件犯行の態様、取引の目的、数量超過の金額その他諸般の事情を綜合すると、原判決の量刑は相当と思料されるので、各論旨も亦採容出来ない。

よつて本件各控訴はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、之を棄却するものとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 井上正弘 判事 長友文士)

被告人宮路産業株式会社弁護人熊谷垣夫控訴趣意書

第一点原判決は法律に従つて判決裁判所を構成しない訴訟手続の法令違反がある。

本件は十年以下の懲役即ち長期三年を超える懲役にあたる被告事件である。従つて本件を審理する場合には被告人の為に選任せられた弁護人がなければ開廷することができないのである。

然るに原審に於ては昭和二十四年八月九日開廷の第一回公判から昭和二十五年二月二日開廷の第十一回公判までの間被告会社の弁護人は選任せられて居らず、弁護人がないまゝに審理が進められて居る。この事実は第十一回公判調書に「被告会社代理人は、弁護人を選任し度いと考へますから続行願ひます、と述べた」と記載せられて居ること及原審記録の弁護人選任の部分について調査すれば明かなことである。右の通りであるから原判決は破棄を免れないものと考へる。

第二点原判決は刑の量定が不当である。

原判決は被告会社を罰金六十万円に処した。右判決理由に認定せられて居る通り被告会社が販売したほつけ粕は、一等検八十俵でこの統制額六万五千八百八十八円より五十六万二千百十二円を超過する合計代金六十二万八千円で販売したのみであるが、当時の魚粕の統制価額については第十四回公判に於ける証人米田陽の証言にもある通り、関係者は殆んど全部統制値段について不満であつたのであり、鮮魚の価額に比べても適正な価額ではなかつたのである。又第十七回公判に於ける経済調査庁事務官鈴木長右衛門の証言を見ても昭和二十三年度の魚粕生産者は統制額の範囲で製造することは困難であつたのである。殊に原審判決は魚粕の統制が全面的に解除せられた後に言渡されたのである。前記の通り超過価額よりも大きい罰金の言渡は統制の厳しい時でも悪質なものに対して言渡されたのであり、本件の様な悪質な違反者と考えられない殊に統制解除後の判決としては甚だ重過ぎると言はなければならない。

被告人吉川清弁護人熊谷垣夫控訴趣意書

第一点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手續の違反がある。原審の第一回公判調書に高岡弁護人は判事に告げ被告人吉川に対し、問、運賃諸掛は何処で払つて居るか。答、支店で払いました。問、大阪の支店長が八十俵の粕を送つてくれと云うたから送つたのか。答、左様であります。問、被告人は函館支店長をやめ又大阪の支店長もやめたか。答、はい。問、普通は本店に本件の様な事を報告しないのか。答、支店長でやつて居るのであり報告しません。との記載があるが、右は高岡弁護人が自分の受持である被告人横山惠一に尋問したのであつて、決して被告人吉川清には問うて居らないのである。この事実は被告人横山は宮路産業株式会社の函館及大阪の支店長をやつて居たのであつたが、被告人吉川は如何なる会社の支店長に就任したこともないことから見ても明かであり、原審記録を通読するときは前記の尋問は被告人横山に対して為されたものであることは疑いをいれない。右の問答は重要事項を含んで居り、右の答が最後の審理まで吉川の答として取扱はれ判決されたということは被告人吉川にとつては甚だ重大なことであり、之は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の違反であると云はなければならない。

従つて原判決は破毀を免れないものと考える。

第二点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかである事実の誤認がある。原審は被告人吉川に対して物価統制令違反の幇助罪を認定して被告人を懲役三月及び罰金三万円に処する。但し懲役刑に付ては原判決確定の日より三年間刑の執行を猶予するとの判決を言渡した。

けれども被告人は第十七回公判に於て裁判官の問に対して「私は此の事については何も知つて居りません。皆田中專務がやつたのであります」と述べて居る様に被告人が旅行不在中に行はれたことで、被告人はほつけ粕の売買は勿論其の加工の斡旋を為して居らないのである。

右の事実は第十七回の公判に於て熊谷弁護人の問に対し証人荒沢英二は「宮路産業の横山さんからほつけ粕の製造依頼を受けて田中專務と相談の上製造致しました」と答えて居り、又「吉川は其事について相談に乗らなかつたのか」との問に対して「当時吉川さんは旅行中で私等丈で此の事をしたのであります。吉川さんは仕事を終つてから帰つて来ました」と述べて居る点や更らに第十四回の公判に於て証人田中慶治が熊谷弁護人からの「当時吉川は自宅に居た様であつたか」との問に対して「不在であつた様です」と答えて居ること等によつて証明せられて居る。

右の通りであるに拘らず原判決は被告人が不在であり、ほつけ粕の加工を斡旋した等の事実がないのに之を誤認して幇助罪を認定したのであるか、前記の理由により被告人の無罪を確信するものである。

被告人横山惠一弁護人高岡次郎控訴趣意書

第一点(イ)本件ニツキ原審ハ審理不尽事実誤認ノ違法アリ。

原審ニ於テ確定シタル事実ハ被告人ハ宮路産業株式会社ノ函館支店長トシテ、同会社ノ大阪支店長山田盛雄ト共謀シ、会社ノ業務又営利ノ目的ニテ昭和二十三年六月二日頃、和歌山県野上地区十三ケ町村農業連合会ニ対シ、ほつけ粕一等検八十俵(一俵二十四貫入)ヲ昭和二十二年十一月二十五日物価庁告示第一〇五二号所定販売業者販売価格ノ統制額六万五千八百八十八円ヨリ五十六万二千百十二円ヲ超過スル合計金六十二万八千円ニテ販売シタリト云フニ在リ。

右物価庁告示ノ販売業者販売価格ハ販売業者ノ店先渡価格ナル処前記八十俵ノほつけ粕ヲ発送シタルハ青森県野辺地駅ニシテ到達駅ハ和歌山県海南駅ナリ。前記確定ノ販売ハ函館市所在函館支店ト前記農業連合会(和歌山県下)ナルヲ以テ、少クトモ売人タル函館支店ヨリ和歌山県海南駅迄ノ運賃諸掛リヲ審究シ適当ナル額ヲ前記販売代金ヨリ控除シタル上ナラデハ販売代金ニ関スル不当超過額ヲ確定ニアラズト信ズ。前記野辺地駅ヨリ海南駅迄ノ運賃諸掛リハ函館支店ニ於テ前払シ居ル事実ニ鑑ミルトキハ此運賃諸掛リヲ前記販売代金ヨリ控除セズシテ本件不当販売代金ヲ確定シタルハ審理不尽事実誤認少クトモ理由不備ノ違法アリ。

(ロ) 前記確定事実ハ恰モ函館支店ガ直接前記農業連合会宛送付セル事実ヲ目シテ販売セリト確定シタルガ如キモ

内田孝星田信隆ノ各警察聴取書平井四郎ノ顛末書並ニ被告人ノ供述ヲ綜合セバ、被告人ハ大阪支店長山田盛雄等ノ依頼ニ基キ前記ほつけ粕八十俸ヲ前記農業連合会宛送付(送附後仕向地変更ヲ申越シタル事実アリ)到達後大阪支店ガ右ほつけ粕八十俵ヲ和歌山肥料協会ニ売捌キタル処右農業連合会ガ大阪支店ニ交渉ノ上内三十俵丈ケ分譲ヲ受ケタル事実ガ確認セラル。従テ被告人ハ山田ノ依頼ニ基キ前記ほつけ粕八十俵ヲ他ニ依頼ノ上製造セシメテ摘示通リ送附シタル程度ニ過ギズ、荷受販売其代金授受等ハ万端大阪支店ガ為シタルモノニシテ特ニ右八十俵ノ買受ハ前記農業連合会ニアラズシテ和歌山肥料協会タルモノトス。従テ買受人ノ確定ニ誤認アリト思料ス。

第二点本件ニツキ量刑ニ不当アリ。

原審ハ本件違反ニ付前顯ノ如ク事実ヲ確定シ此確定シタル事実ニ対シ体刑ト罰金トヲ併科セル処被告人ノ行為ニ付テハ前記ノ通リナリ。自ラ自己ノ営利ノ目的タラズシテ支店間ノ情誼ニ基キ為シタル迄ナリ。然モ販売ニ関シテハ大阪支店ガ総テ之ヲ行ヒ其内容ニ付テハ被告人ハ全ク知ラサル処ナリ。然ルニ主要地位ニ在リタル大阪支店長山田盛雄ヲ起訴セズシテ被告人丈ヲ行為者トシテ起訴セシハタトヒ意思共通ノ下ニナサレタル違反行為ナリトシテモ、主要地位者ヲ外ニスルコトハ吾人ノ納得シ難キモノアリ。又前顕ノ如キ事実ノ誤認ヲ確信セラルル按件タル点ニ思ヒヲ致ストキハ、本件ノ量刑ハ妥当ヲ欠クモノアリト思料ス。以上ノ如キ事按ナルヲ以テ本件ニ付テハ破棄ノ上相当ナル裁判ヲ求ム。

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